地震のこと#2

地震発生翌日からは、
昼間はサポートしてくれるスタッフさんに任せることになり、
僕は夜12時から翌朝までの仕事となった。
まだまだ余震は多いが、
昼間はスタッフも多いし、地震以外の仕事も入らないだろうから…との判断。

ただし、昼間は家にいるといっても、双子対応がいるのであまり眠れず。
寝ても2~3時間がいいとこ。




深夜、次々に流れ込んでくる余震・地震の情報や原発関連の情報が恐ろしかった。
特に大震災翌日の12日から、翌13日にかけては、
仙台空港の津波、気仙沼の大火事、原子力発電所での爆発など、
ほんの数日前までは全く考えられなかった情報が、
比喩でなく津波のように押し寄せてくる。

その合間に政府や東電の記者会見が挟まりつつ、
山形県内の情報把握があり…と、
なんだか脳の情報処理機能が痛みを覚えるような感覚があった。




震災翌日の夕方には、自宅の電気が復旧した。
携帯電話・メールは地震から1週間程度で概ね復旧した印象。
最初の2・3日は流石にほとんど通じなかったが、
僕と妻の実家から、それぞれ「無事です」の連絡が来たときは、心底ほっとした。
妻の実家は宮城県にある。
後日googleの地震情報で確認したところ、津波が数kmまで近づいていた。




なるべく「普通の感覚」を忘れないようにしよう…と意識したが、
それでも何かにながされて感情が揺れることは多々あった。
というか、いまも。

原子力発電所関連のニュースは、今後も注視。




けさ、車のガソリンを満タンに給油。
たまたま地震2日前に満タンにしていたので、ガソリン行列に並ぶことはなかった。
まあ例え空になったとしても、行列に並ぶのがイヤなので並ばなかっただろう。
週末には妻の実家に行こうと考えている。
被災地の姿の端っこを直接、少しだけ見ることができる、かもしれない。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

プロフィール

哲哉

Author:哲哉
山形在住。フリーのデザイナー。
東北芸術工科大学2期生/情報計画専攻。地元テレビ局で毎日の締め切りに追われつつ、自主映画を撮ったり山形自主制作映像祭で上映したり双子を育てたり。あとは少林寺拳法の稽古を細々と。
美味しいもの好き。お酒だいすき。

映像や紙の仕事、承ります。
http://www.dewa.or.jp/tse

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