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地震のこと#1

自分の記憶を整理するためにも。




昼食のために一度帰宅したあと、常駐先へ戻った。

電波塔が見え、あと20m余りで駐車場…というところで、めまいに似た異常な感覚があった。
すぐに地震と気づいたけど、
ゆっくりと長く揺れる感覚から、最初は「なんか変な地震だな」と思った。

ゆっくりと車を駐車場に停める。
しかし、それなりに時間が経ったのに揺れは全く収まらない。
よく見れば周りの車は前後に揺れている。
盗難防止ブザーの音も聞こえる。
「これはかなりヤバいな」と、ようやく思う。

局舎から社員さんが慌てた様子で何人か出てくる。
中には、地面にうずくまって震えてる人もいる。

その辺から、頭が妙に冴えてきた気がする(実際には違うと思うけど)。
念のため、駐車場から出しやすそうな位置に車を停め直し、
荷物を持って局舎に向かって走る。




玄関に来た所で、営業のMから「哲哉さん危ないですよ!」と止められたが、
「分かってる、分かってる」と応えて局舎に入る。

入ってすぐ。
人の気配はなく妙に静かで、ギギギギギ…と金属のきしむ音と、何かがぶつかる音が聞こえる。
ものすごく低いグオオオオンという音も聞こえた気がするけど、地鳴りかどうかは判断できず。
観葉植物は兎も角、金属製の柱に支えられた階段まで揺れている。
30段ばかりあるその階段を駆け上がりながら、
いま階段が壊れたらどうやって着地しようかな?と考えた。

階段を上りきると、営業や編成が入ったオフィスは真っ暗で、報道ルームだけが明るかった。
その時は兎に角報道ルームに行く事で頭が一杯だったが、
後で考えれば、その時既に停電し、自家発電に切り替わっていたのだ。




報道ルームには、他の部署から、報道経験者が応援に来ていた。
カメラマンさんは既にカメラを回している。
こういうときの反応の早さは職人技だと思った。

各局のモニターを観ればカットインし、地震と津波の情報に溢れていた。
家や親戚や友達が気になったが、この状態ではどうせつながらないだろうと思い、
しかしとりあえず家には携帯からメールだけ送り、仕事をすることにする。

気象庁やウェザーニューズ社から、
ものすごい量の地震速報と津波警報が、専用回線を通じて一気に流れ込んできていた。
地震発生を知らせる回転ランプが、まったく止まらない。
何度か、それなりに大きな地震で地震情報や津波情報を受け取っていたが、
ここまでの量は見たことが無い、圧倒的な量だった。
キー局との連絡システムも不調のようだった。
インターネットもつながらない。

あまりの情報量のためか、気象庁からのデータを印刷するプリンタがフリーズしてた。
マシン自体は生きているようで、ディスプレイにはものすごい量の地震情報、津波情報が映されていた。
印刷できず軽くパニックになっていた担当の記者に、
とりあえず県内の情報だけを手書きで書き写すように指示し、プリンターを再起動してみる。

その間、事務スタッフに知らせるべき情報が出てきたので、窓を開け、
外にいたスタッフに大声で知らせる。

報道ルームに戻りプリンタの再起動を確認したが、つながらない。
マシン本体を再起動したらプリントできるかも知れないが、時間がかかる。
ネットワーク担当者にお願いし、情報整理の手伝いに回る。

県危機管理室、市町村、警察、消防、JR、河川国道事務所、NEXCO、病院などに、担当記者が連絡。
当然ながら電話はつながらない・つながりにくい。
それでも情報が掴めたところから、FAXを整理し、ホワイトボードに書き込む。
通常業務で取材中だった記者にも連絡がとられる。

妻から「とりあえず大丈夫」とのメール。

ここまでで10分も経ってないと思うが、この辺りから、
いつ最初の揺れが収まり、いつ別の揺れが起きていたのか、
どの情報をどの順番で受けたのかなど、
全体的に記憶の時間的前後があいまい。

県内ニュースのカットイン用にCGを作る。
気象庁のマグニチュード値が次々に大きくなっていく。
外部からもらったデータは数分前のもので、気象庁の最新データは反映されていない。
その修正をおこなう。

地震発生時の仙台の映像が入る。
青森や岩手、福島、茨城でも相当な被害が出ていると聞き、友人たちや両親が心配になる。
原子力発電所で非常事態の情報が入る。
津波の情報とその映像、暗くなってから観た気仙沼の映像に衝撃を受ける。
震源地がどんどん増えていき、関東方面や長野・新潟でも起きている。
高知にまで大津波警報が出たとき「日本沈没だあ」とか間抜けな事を言ってるやつがいて、心底がっかりする。




余震が連発する中、あっという間に…本当にあっという間に時が経ち、
山形県内の被害確認が一段落。
午前1時過ぎか2時過ぎ頃だったと思うが、一度帰宅することになった。

山形県内のほとんどで停電していたため、辺りは当然、真っ暗。
信号もほとんど点いておらず、だけどそんな時間に出歩く人はほとんどなく、
自分の車のヘッドライトだけを頼りに、とてつもなく静かな中を運転。
大学時代、夜の山の中を懐中電灯も持たずに歩いた事を思い出す。




家に着くと、妻がろうそくや懐中電灯を引っ張りだし、ラジオを聞いていた。
予備の乾電池が見つけられなかったということで、それを探して渡し、
ついでに車に積んであった明るめの懐中電灯も渡した。
家においてあった懐中電灯は、明るさが一寸頼りないことを思い出したから。

妻は、とにかく双子を守る事で精一杯だったそうだ。
双子は混乱し、怖がったという。
最初の地震はもちろん、余震の度に泣いていたそうだ。
停電しているので、家の中とはいえそれなりに寒い。
双子に厚着をさせ、自身も布団で寒さをしのいでいた。
そんな中でも、きちんとミルクや離乳食を与えて寝かしつけてくれたのは流石。

30分ほど滞在。
妻と双子の無事を確認して、真っ暗闇の中を仕事に戻る。




つづく。

テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

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プロフィール

哲哉

Author:哲哉
山形在住。フリーのデザイナー。
東北芸術工科大学2期生/情報計画専攻。地元テレビ局で毎日の締め切りに追われつつ、自主映画を撮ったり山形自主制作映像祭で上映したり双子を育てたり。あとは少林寺拳法の稽古を細々と。
美味しいもの好き。お酒だいすき。

映像や紙の仕事、承ります。
http://www.dewa.or.jp/tse

Facebookはこちら。
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t2ya_the_one@mac.com

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